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注目記事(2008/5/16)

Opinion:
 
「日中関係改善のために:首脳会談を越えて」
 木下俊彦 (早稲田大学教授)
  
  胡錦涛中国国家主席の今回の訪日について、中国側が大成功と自讃しているのに対し、日本のメディアは10年前の江澤民氏の訪日時と比較して、胡氏の対日姿勢には大きなプラスの評価をしたものの、必ずしも全面的な成功としていないようである。それは、今回の訪問で、日中間の重要問題に具体的な成果がなかった、と見たからである。
  しかし、筆者はまず10年ぶりに国国家主席の訪日が実現したことを評価したい。もちろんこれが遅すぎたことも確かで、日本と中国のような重要な隣国でありながら首脳の相互訪問が10年も行われなかったというのは非常に不自然であった。どんな国どうしであろうとも隣国では必ず問題は起きる。まして日中は歴史問題や体制問題や国民の感覚に大きな差があるので、問題がこじれやすい。重要なのは、首脳の相互訪問と深刻な問題の解決へ向けての討論を常態化させることである。
  さらに、それを成功させるためには、双方の国民の多数が自分たちの将来に向けて一緒に進もうという気持ちをシェアしなければならない。そうでなければ、両国の首脳がいくら合意に達しても共同声明を出しても、単なる形式に終わってしまう。国民双方の信頼感を育てるためには、相互に理解を進め、意見や情報の交換や交流が必要であるが、この点ではまだまだやるべきことが多い。
  実際、日中の知識人や専門家でさえ、相手国に対する正しい分析や深い理解に欠けているという事実は恥ずべきことである。なぜならアジアで昔から相互交流のある二つの主要国は、中国との関係が比較的新しく、距離も遠い欧米のどの国よりもお互いを深く客観的に分析し理解しているべきであるのに対して、現実はまったくそうなっていないからである。
  日本は中国から歴史問題を指摘されて窮地に陥ったが、それは日本自身が自国の歴史やアジアの歴史を学ぶ努力をして克服すべき問題といえる。一方、中国は長い歴史に由来する、この地域で「主人風」を吹かせることや、過度に排外的な「愛国主義」から脱し、真に対等な立場で世界の国民と付き合えるようにしなければならないだろう。海外での聖火リレーの際の「チベット問題」などへの抗議に対して、在外中国人(華人・華僑・留学生)がとった行動は国際標準で見れば、当該国にとって明らかに理解を超える部分が見られ、欧米人だけでなく、日本人、韓国人の多くが中国の対応に嫌悪感を持ってしまった。中国指導部は、これを教訓とし、将来このような事態を繰り返さないようにすべきである。
  そういう聖火リレーをめぐるもやもやとした雰囲気が日本内にあったのに加えて、「餃子事件」に関する割り切れない感情も日本側にあったため、胡錦涛氏の来日のタイミングは決して望ましいものではないように思われた。
  しかし、同氏はこの時期にどうしても訪日をして、これ以上延期しないという決意を堅持し実現したことは特筆に値する。また同氏のイニシアティブで、長年の懸案であった東シナ海での共同油田開発もほぼめどが立ってきたようであるし、何よりも、同氏の同意により、日中閣僚会議の議事から落とされた項目は「チベット問題」、「餃子問題」を含めてまったくなかったのはよかった。同氏はさらに、早稲田大学における未来志向の講演の中で、戦後の世界平和構築に対して日本が果した役割りを高く評価し、これまでの日本のODAが中国インフラ建設に対して行った大きな貢献に触れ、日本人の勤勉、向上心をほめ、優れた日本の環境技術を中国人は学ばなければならない、とまで発言した。また胡錦涛氏自身の過去二度にわたる来日の経験に基いて、青年交流の重要性について強調したことは非常に印象的で、特にそれに賛意を表した若者も多かったと思われる。胡主席の5日におよぶ滞日時の言動に、日本人の多くは好意をもったのではないだろうか。もちろん、そのような印象が、日本人の中国に対する一般的な認識にどれだけ影響するかについて過大評価は避けなければならないにしてもである。
  今後の日中経済協力について、環境・公害関連分野や省エネ・資源関連分野における技術的協力が中心となることは両国で合意された。しかし、日本が技術面でいくら協力しても、それだけでは中国全体の最適解にはならない。問題の所在を中国国民が認識して、それを解決しようという国民意識の高まりが同時になければならない。この点で、日本の「もったいない」の精神、すなわち自然な「3R」志向(つまり「リデュース」、「リユース」、「リサイクル」)の重要性を中国人一般に学んでもらえるよう日本側もソフト面での協力をすべきである。同時に、電気や水道の料金設定に価格のメカニズムが利くようにし、料金が低すぎるために無駄を招くような状態を是正するよう国際機関などとともにアドバイスしていくことも必要であろう。
  このところ世界経済が大幅に減速しており、その影響で中国経済も今後数年若干の景気の落ち込みは避けられないと思う。しかし、一部で予想されているようなオリンピック後のバブル崩壊による大混乱が起こる可能性は少ないと見る。なぜなら、次は上海万博があるし、西部などでも巨額なインフラ投資が継続されており、また、政府が必要に応じて、財政・金融・為替政策を取って経済をかなりの程度制御しうるだろうからである。例えば、農村地域にも巨額な公共投資を進めて景気を刺激する政策が考えられる。中国経済の課題は多いという意味でリスクは少なくないが、日本企業が無視できないほどいいビジネスチャンスもまた多く存在するのである。
  さらに追記として付け加えたいのは、胡錦涛国家主席による日本との関係改善へのイニシアティブが、中国帰国後も明らかに続いていることである。すでに大きく報道されているように、5月12日に阪神大震災の30倍ものエネルギーをもった大地震が四川省とその周辺地域を襲い、公式推定5万人以上の人命が失われ、それよりはるかに多くの人が現在まだ行方不明となっている。人民解放軍を含む多くの中国人が救助活動にあたっているが、難航している状況のようである。この災害に対して、日本政府は直ちに5億円の緊急援助を決定し、さらにもし要請されれば緊急救援隊を送る用意があることを表明した。当初、中国政府はテントのような物資やその他のモノは受け入れるが、ヒトの援助は不必要という、日本にとっては若干不本意な反応であった。しかし、それが5月15日には、日本人もおそらく多くの中国人も驚いたことに、中国政府が今回初めてのケースとして日本からの緊急救援隊の受け入れを決定したのである。筆者はこの決定が、そうすることのリスクをいとわない胡錦涛国家主席の決断である可能性が高いとみる。それから数時間後には約30名の救援隊第一陣が成田から中国に向けて飛び立ち、翌16日にはさらに30名から成る第二陣が出発する。今回の地震は中国にとっても世界にとっても悲劇的な大災害であることは間違いない。しかしこの不幸な出来事が、中国の日本との関係、ひいては世界との関係を改善する機会を提供したとすれば、今回の件はそのようなものとして歴史に記録されるであろう。

英語の原文: "Promoting Closer Japan-China Relations: Beyond Top-level Meetings"
http://www.glocom.org/opinions/essays/20080516_kinoshita_china/
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