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注目記事(2008/10/20)

Opinion:
 
「米国発の金融危機と世界経済の変容」
  木下俊彦 (早稲田大学教授)
  
  10月10日に、G7は、金融機関の資本金不足がもたらす信用収縮を防止するために、積極的に金融機関に公的資金注入を行うというアクション・プランを発表した。途上国を含むG20も、この計画を支持した。その直後、米国当局は、欧州の動きを追う形で先に決めた金融安定化法に基づく7000億ドルの公的資金のうち2500億ドルを銀行の資本注入に使うことや、銀行間取引への公的保護、中小企業が利用する無利子の決済用預金の全額保護、FEDによるCPの購入など一連の措置を発表した。
  これを機に、世界の株価は一転して記録的上昇を示したが、1、2日経つと、上げは止まり、米、欧、アジアで大きな反落が見られた。その背景には、実体経済の先行きを見極めたいという投資家心理がある。確かに、今回の対策は緊急措置であり、米国発の金融危機をもたらした債権の証券化などの基本原因にメスをいれるような新たな金融・監督スキームでもなければ、世界の実体経済の悪化を効果的に防ぎ止める具体的措置でもない。われわれは依然として、第2次大戦以降の世界経済の行く先の見えない道の分岐点に立っているのである。ここで当面の緊急措置はさておいて、今後の国際金融システムのあり方に関して、何が基本問題なのか考えてみたい。
  第1に、米国当局は、これまで、日本やアジアの金融システムは、銀行(間接金融)中心で問題を起こしやすく、米国流の資本市場を主とする直接金融システムに変えるべきであると言い続けてきた。しかし、今回の米国のサブプライムローンの証券化がもたらした不動産バブルの破綻は米国の銀行の経営基盤を毀損し、資本注入が必要になっていることからすれば、これまでの主張は何であったかという問題が誘発されている。要するに、米国も(欧州も)、バブル経済の発生を自動的に抑制する金融システムも運営ノウハウをもっているわけではなかった。それは、ヘッジファンドやその他金融機関の規制や監督の問題かもしれないし、その背後にある政治社会のあり方の問題かもしれない。結局、世界は、何があるべきグローバルな金融システムかを議論し、再構築しなければならない。
  第2に、米国経済は、これまで長年にわたり、「双子の赤字」を持続しながら、先進国の中ではトップクラスの成長を遂げてきた。それは、日中などが、巨額の経常収支の黒字の結果である外貨準備で大量の米国債を買うことと、投資環境の良好な米国に民間の直接投資やポートフォリオ投資がなされることによって維持されてきた。それゆえ、米国自身はほとんど努力なしにドルの高止まりと拡大再生産が可能であったし、大量外貨保有国はそれを前提として、ドル資産を米国に還流させてきた。しかし、今回、米国で最強・最大級の投資銀行や保険会社などが次々と破綻し、米ドル価値の先行きには赤信号が点滅している。その結果、これまでと異なり、米国金融当局の経済運営は中国、日本、産油国など巨額外貨保有国の思惑によって大きく規定されることになった(例えば、米国金融当局は中国に大量のTB引き受け交渉を行っていると伝えられる)。それは、必要ならば単独で「テロリスト国家」をIT兵器で攻撃することを可能にさせていた米国の軍事作戦のあり方にまで深甚な影響を与えることになる、つまり、米国の「覇権国」の地位にも黄色信号が点滅し始めたといえよう。別の言い方をすれば、グローバルな国際通貨不安は長く続くと予想される。
  第3に、経済危機に陥った途上国などへの国際的金融支援の基本システム(「ブレトン・ウッズ体制」)は今後どうなるのだろうか。教科書的にいうと、1971年のニクソンショックの時点で、ブレトンウッズ体制は公式には崩壊したが、実際は、IMF、世銀、GATT(後にWTOに格上げ)は生き残り、問題含みだったとはいえ、一定の役割をはたしてきたのである。しかし、IMFは、97-98年の「アジア金融危機」に際して「ワシントンコンセンサス」原理に基づく処方箋の過ちを様々な方面から指摘され、組織改革が強く叫ばれてきた。しかし、米国の態度が二転三転したこともあって、改革への道筋は未だに決まっていない。しかも、IMFの資金利用国の激減からIMFの運転資金調達をどうするかという新たな問題も提起されている。
  一方、日本政府は、今回、金融困難に直面した新興国へのIMFを経由する資金支援スキームを提案、その原資に自国の外貨準備を提供する用意があるとし、中国や産油国も新スキームへの参加を呼びかけた。通常「ワシントンコンセンサス」のもとで、IMF融資には厳しい条件が付けられるので、今回も使い勝手の悪いスキームになる可能性があったが、事態の緊急性に鑑みて、どうやら日本の提案が基本的に受け入れられて、事実上無制限の融資が緩和された審査基準で、IMFから危機に陥った新興国に対して行われるようである。しかし今、「モラルハザード」の問題が消えたわけではないので、今後それがどのように具体的に運用されるか注意深く見守っていきたい。
  ところで、米国は、今回、自国発の金融危機を一挙に抑えるために、株式の「空売り」規制やファンドの経営透明性の向上といった、アジア金融危機の際には、アジア諸国がIMFや米国に理解を求めても米国が一顧だにしなかった措置を簡単に採用している。これは、他国の目には、規制ルールを決めるレフェリーが、自分の都合のいいように勝手にルールを変えているように見え、IMF改革論議やIMF融資の条件の検討となれば、さまざまな疑問が米国に対してなされ、有効な回答が出てこない可能性が強い。
  結論的にいえば、(1)ポスト・サブプライムの世界では、米国の経常収支の大幅赤字を(米国が努力しなくても)資本市場を通じて穴埋めして、世界経済が回っていくという20世紀後半のグローバル金融構造はもはや機能しないであろう。(2)内向きになっている米国は、これまで自国に有利だった現在の金融システムを変えるための大胆な方策はとらないだろう。しかし、「外圧」によって、次第に必要な施策をとらざるを得なくなる可能性が高い。それは、米国は貯蓄率引き上げ政策実施といった基本的改革を余儀なくされ、中長期的に、米国の消費拡大ペースを落とすことによって、世界貿易の発展パターンや速度を変えるであろう。(3)日本は、米国の自己中心的行動に不満をもちつつも、安全保障面や経済面で米国とあまりにも分かちがたく結びついているため、現状の国際金融システムを抜本的に転換するようなスキームを打ち出すことはせず、米国との協力を原則とするだろう。ただ、(米国の意向と関係なく)すでに合意ができているASEAN+3レベルでの金融危機防止に向けてへの共同アクションには、積極対応をするはずである。この点については、中国も同調する意向を明らかにしている。一方、中国では、「世界の責任あるステークホールダー」にならなければ、中国経済の明日はないと考える「国際派」と独自路線にこだわる「内向き」グループとが、主導権を巡って対立する可能性がある。われわれは、直接でなく、間接的にではあるが、前者を上手に支援するように対応すべきだろう。もし、後者が、強い発言力を持った場合、米国だけでなく、先進国との協調は困難になり、世界の危機に拍車をかけることになる(インド、ブラジルなども同じ)。
  EUは、米国市場への依存が日本や中国よりもはるかに少ないため、フリーハンドを持っており、サルコジ・フランス大統領などは、新興国を含む「新ブレトンウッズ体制」構築の提案を行っているが、説得的な「哲学」を明らかにしているわけではない。
  かくして、世界はワシントンコンセンサスをベースとする米国流公共財提供者という地位を失いつつある一方、EUも日本も中国もインドも、米国の「皇位」を継承する能力や意思をもたないという意味で、世界の金融システムは皇位不在時代(Inter-Regnum)に入ったといっていいであろう。そういう時期起こりやすい現象は、良くて同床異夢、悪ければ、道義なき分裂主義である。われわれは非常に危険な十字路に立っている。
  希望としては、世界の知識階級が、1929年の金融恐慌が第2次大戦に引き金になったという教訓をベースにブレトンウッズ体制が1944年に構築されたときのことを思い返し、世界経済が、極端な「市場原理主義」によって「分割統治」され、危険な排外主義や地域主義に陥らないよう主要国の前向きな共同アクションを支援するべく最善の努力を重ねてほしいものである。どこまでが主要国か。もし、中国やインドなどが、こうした哲学にコミットし、世界の健全な金融システムづくりという国際公共財づくりに真に貢献する意思があれば---それは当然義務を伴うが---、G7(8)に両国などを加えることが必要であろう。

英語の原文: US Financial Crisis and Its Impact on Global Economy
http://www.glocom.org/opinions/essays/20081016_kinoshita_us/
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