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アイデンティティと東アジアの地域協力

猪口孝 (東京大学教授)


オリジナルの英文:
"Does Identity Matter in Facilitating or Hindering Regional Cooperation in East Asia?"
http://www.glocom.org/opinions/essays/20031027_inoguchi_does/


要 旨


経済協力と地域統合の問題を、アイデンティティの切り口で考えてみたい。ここで、アイデンティティとは、それによって心が安らかになり、そのために犠牲を惜しまないと感じるようなものである。一国の外交政策の方向を決める際に、しばしばこのようなアイデンティティが重要になる。実際に最近の文献でも、外交政策に関するグローバルな議論の中で、この概念が注目されている。


私は2000年に、アジア9カ国と欧州9カ国で国際的なアンケート調査を行い、(1)自分が特定の国、例えばフランス、アメリカ、日本といった国に属していると感じているかどうか、また(2)自分たちが他の国の人たちも含んだより大きなグループ、例えばヨーロッパ、アジア、中国、イスラムといったグループに属していると感じているかどうかを質問した。


その結果、上記の(1)の点に関して、日本人の答えは、3分の2しか日本への帰属意識がなく、3分の1は「どうでもいい」、あるいは「考えたこともない」というものである。さらにそのような人たちの10%は自分の家族や会社やシニアクラブに属しているといった種類のアイデンティティを持っている。また、上記の(2)の点に関しては、日本人の26%がアジア人を選んでいるが、残りの人は分からないと答えている。明らかに日本人の国家的アイデンティティはあまり強くなく、より広い地域的アイデンティティに至っては非常に弱い。


これに対して、韓国人は極端にナショナリスティックで、(1)の質問では88%が韓国を選んでいる。(2)の地域に関する質問でも88%がアジアを選んでおり、非常に国家主義的であると同時に地域主義的でもあるといえる。


他方、中国人は約80%が中国を選ぶ国家主義者であるが、韓国人と違ってアジア主義者ではない。(2)の質問に対しては、30%が中国を選び、30%がアジアを選んでいる。中国人の認識によれば、中国対アジアという対立軸になり、アジアはあまり評価されない。


このような結果に対する背景としては、日本は伝統的にアジアのアイデンティティが弱いという事実がある。それはちょうどイギリスのヨーロッパ大陸に対する関係に似ている。日本にとってもイギリスにとっても近隣の大陸は、トラブルを起こす可能性があるので、距離を置いている。しかしその一方で、問題が起こらないようにある程度関係を持たざるをえない。多くの日本人は日本の文明が中国文明とはかなり違ったものであると感じている。ただし、日本は大陸の動きに影響されざるをえないことも確かである。


中国と日本という大国に挟まれた韓国人は、彼らの地域的な関係と枠組みを強めようという要求をもっている。これがなぜ韓国はWTO、ASEANプラス3、ASEMといった国際的組織を強めようと努力しているかの理由である。また韓国人は、盧武鉉大統領による「東アジアの中心」とか「東アジアのハブ」といったスローガンに見られるように拡大韓国圏、ないし韓国主導の拡大東アジア連合など考える傾向がある。中国や日本は国を分割することを考える方向であるのに対して、韓国は南北を統一して拡大するという方向にある。


中国人は文化的なナショナリストの面が強く、アジアにおける自分の位置づけといった意識はあまりない。中国の対ASEAN自由貿易協定の動きも、単に東南アジアの経済を華僑のビジネス文化が支配していることに基づく中国文化交易モデルを正当化しているだけにすぎない。日本で勉強している中国人学生の間で、日本のことを「東の海に浮かぶ泡」といった古い中国の表現で呼ぶことがあるが、これも中国のアジア観を示しているのかもしれない。


このようにばらばらな地域的アイデンティティのもとで、いったい東アジアの経済統合は進むのであろうか。私の結論は、それは問題であるが、それが地域統合を遅らせるかどうかをあまり心配する必要はないというものである。アイデンティティは経済協力や地域統合に影響するいくつかの要因の一つにすぎない。3大要因は以下の通りである。第1は「信頼」で、中国、韓国、日本の間のお互いの信頼感は、英仏独の間ほどではないが、このところ徐々に高まっている。第2は「マネー」で、1997-98年のアジア金融危機からアジアが立ち直ってきた。もっとも重要なことは日本経済が復活しつつあることである。第3は「米国」で、米国のアクティブな動きは、グローバリズムやブッシュ主義や一国覇権主義や帝国主義などと呼ばれているが、その動きに沿った形で、今後とも東アジアのアイデンティティの形成を助けるであろう。

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